生協産直活動に共に奔走した、コープあおもり前理事長の突然の訃報。

土峰彰氏の訃報を知る。

 コープあおもり前理事長(現相談役)土峰彰氏の訃報を新聞で知った。

同姓同名??間違いであってほしい、とコープあおもりに電話で確認すると残念ながら事実であった。

前から心臓に持病があったというが、5月3日の通夜ではホントに突然に。と奥様が・・・、

68才まだ早い。

土峰彰氏の遺影に合掌。



産直交流、田植え体験交流会の道開く。

 私と土峰彰氏との出会いは、約30年前に「旧八戸市民生協が田植え体験交流会」を一緒に手がけた頃である。私が田子町農協農産課長として米・にんにく等の責任者。土峰彰氏は旧八戸市民生協の事務局長でした。当時、有機栽培稲作研究会会長の山本泰造さん自宅前の田んぼにて、生協との田植え体験交流会が初めて行われた。現在も脈々と続いている。


生協に米を担いで売り込む。 

同じく約30年ほど前ですが、土峰氏と一緒に千葉県の生協に米を担いで売り込みにも行った。歴史的にも農協が米を担いで独自に売り込みをすることは初めてです。  


 当時農協では、有機・低農薬米の栽培に取り組んでいて、独自に販路開拓することは初めてです。私は新任の農産課長。土峰彰氏と一緒に、私の上司故杉崎孝雄氏と3人で千葉県の生協に販路開拓です。私は米を担いで交渉に挑んだわけですが、この時、今の農協の販売方法では農家は救えない。農協は売る意識改革が急務、自ら販路開拓・価格交渉をしなければ、と痛感した。後に、千葉県の生協担当者が田子町を訪れ、旅館「おかりや」にてお互い意見交換し交渉が成功し、取引が開始された。農協界でも先駆者的取り組みでした。

 しかし、残念ながら、後に取引が破談になった。後任課長の失態が起因という。



這いずり回っての販路開拓

取引が破談になった。

そのことで突然、人事異動が行われた。私が、米など担当する課長として辞令がでた。  

 しかも、5月の田植え直前という時期での人事異動であった。取引が破談になって、有機・低農薬米の売り先はない!ということ、初めて知った。



 また土峰氏に相談した。新たな販路を開拓するため、私は、「這いずり回っても交渉に歩くので、可能性のある生協を紹介してほしい」と頼み込んだ。

 何件かリストアップして交渉。中でも理念がしっかりしている東都生協を選び、猛アタック、苦難の交渉だった。土峰氏は、トップを紹介するか?と言われたが、私は担当部署に理念やビジョンを説明に奔走。青森県に米があるの?という質問からでしたが粘り強く交渉し何とか繋がり、やっと取引の糸口が見いだせた。そして、土峰氏に同行をお願いして、有機米生産部会長山本泰造氏、農協の故杉崎孝雄氏と一緒に最終的な交渉を行い成功した。




 難局に立ち向かったとき、いつも土峰彰氏のアドバイスを頂いた。



今でも、米を担いで販路開拓に出向いたこと。這いずり回っても交渉に挑んだこと。

この経験が、後に私の新たな販売スタイルを培ってくれたと感謝している。



私は、協同組合間協同の実現が夢でした。

ともに協同組合の運動理念を語り合いながら、一緒に歩んだ日々が走馬燈のように駆け巡ります。





土峰彰氏、安らかにお眠りください。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。


合掌





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