田子が育ての親 ~ 最高品質の福地ホワイト種 ~

歴史背景

 

かつて、出稼ぎからの脱却を目指して、

青年たちが「にんにく」を導入したのは約四十六年前でした。

火山灰土壌という土地条件の悪さを克服するため、

彼らは古くから盛んな畜産の堆肥を活用しました。

 

これによって地力を高め、健康な土壌にニンニクが育つ術が代々受け継がれてきました。

この原動力になったのが、農協の生産活動と教育活動の理念に基づいた、

「にんにく生産部会」

の発足であります。

生産部会では、にんにくの品種を福地系ホワイト種に絞ることにしました。

 

 

 

「品質」を優先した決断

 

部会員に種子をあっせんし、品種の選抜を徹底して繰り返します。

少しでも欠点が見えると容赦なく種子用から外します。

という、この徹底した優良系統の選抜は、生産部会ならではの活動でした。

当時、携わった一人として、その厳しさは想像を絶するものでした。

 

 

他には類を見ない品質

 

徹底して管理した品質を武器に、にんにく産地の戦国時代を勝ち抜いて来ました。

県内では数量・単価ともに群を抜き、

北海道のT町を抜いて日本一の名乗りを上げたのは昭和五十年です。

 

品質を重視し、

高品質の福地ホワイト6片種を育て、

田子にんにくは全国の市場に切り込んでいきました。

 

市場ではその品質が評価され、

田子の選果選別基準がのちに県経済連(現JA全農)の選果選別基準づくりに活かされ、

青森県にんにく王国の原動力になったと自負しています。
 
品質優先の戦略で育てた「福地ホワイト6片種」は

田子が育ての親と言っても過言ではないでしょう。